担任の話は古典的で、一言でまとめると「これからも頑張りましょう」といったつまらない話だった。そして、担任が左腕につけている腕時計を確認しながら2、3咳払いした。
「えー、では、夏休みの宿題を集めます」
クラス中からちらほらとため息があがった。無論、そのため息の一部には自分のものも含まれている。現に今、植野に借りた国語のプリントを写すのに精一杯なのだから。
「ですが」
担任の声のトーンが微妙に変わったのに気づくと、俺はペンを休め顔を上げた。
「今日から、このクラスに転校生が来る事になりました」
―――転校生?
夏休み後の転校生、というのも珍しい。いや、そうでもないか。いずれにせよ、期待はずれであろう事はなんとくながらわかっていた。
俺は再び顔を下に向け、先ほど日高に借りた数学のプリントを写すことにした。
「えー、では、入ってきて下さい」
またドアの開閉音。そしてチョークの音。きっと、名前でも書いているのだろう。今はちょうど方程式なんていうメンドクサイ問題なんだ。気にしてる暇は無い。
しばらく室内が静まって、黒板とチョークが奏でるコツコツ音が鳴っていた。おそらく、転校生が自分の名前でも書いているのだろう。
「えーっと、これはなんて読むのかな」
…だっせ。担任が漢字読めないのかよ。
「ウィリスです。ウィリス」
―――あれ?ちょっと待て?
俺は下げていた顔を急浮上させた。声でわかった。女だった。
そして担任とその隣には転校生と呼ばれたそれがいて、その後ろには黒板に書かれた彼女の名前―――「Nancy・早川・Willis」の文字があった。
クラスを前に会釈をしたその女子は、笑窪を作りながら言った。
「はじめまして。今日からこの学校に転校してきました、ナンシー・早川・ウィリスです」
そう。彼女の声は澄んだソプラノで、髪は少し茶色がかったミディアムで、小柄な体、少し高い鼻、小さい口、そして少し離れたこの距離からでもわかる薄いマリンブルーの瞳。
クラスの女子、いや、日本人のものとは違うような彼女の独特の雰囲気のせいか、知らず知らずの内に俺は、彼女に見入ってしまっていた。
俺は、心の中の靄が一気に晴れていくのがわかった。
そして、また俺の中に違う靄がかかっていく。
―――この感じ、何なんだろう。
俺の視野は次第に狭く、そう、明らかにただ一点のみを映し出していて、この感情を抱いたまま彼女だけを映すものになったとしても、もう未練は無い。そう言い張れる自信が今の俺にはあった。