B.O.K 第3章

担任の話は古典的で、一言でまとめると「これからも頑張りましょう」といったつまらない話だった。そして、担任が左腕につけている腕時計を確認しながら2、3咳払いした。

「えー、では、夏休みの宿題を集めます」

クラス中からちらほらとため息があがった。無論、そのため息の一部には自分のものも含まれている。現に今、植野に借りた国語のプリントを写すのに精一杯なのだから。

「ですが」

担任の声のトーンが微妙に変わったのに気づくと、俺はペンを休め顔を上げた。

「今日から、このクラスに転校生が来る事になりました」

 

―――転校生?

夏休み後の転校生、というのも珍しい。いや、そうでもないか。いずれにせよ、期待はずれであろう事はなんとくながらわかっていた。

 

俺は再び顔を下に向け、先ほど日高に借りた数学のプリントを写すことにした。

 

「えー、では、入ってきて下さい」

またドアの開閉音。そしてチョークの音。きっと、名前でも書いているのだろう。今はちょうど方程式なんていうメンドクサイ問題なんだ。気にしてる暇は無い。

 

しばらく室内が静まって、黒板とチョークが奏でるコツコツ音が鳴っていた。おそらく、転校生が自分の名前でも書いているのだろう。

「えーっと、これはなんて読むのかな」

…だっせ。担任が漢字読めないのかよ。

「ウィリスです。ウィリス」

 

 

―――あれ?ちょっと待て?

 

 

俺は下げていた顔を急浮上させた。声でわかった。女だった。

そして担任とその隣には転校生と呼ばれたそれがいて、その後ろには黒板に書かれた彼女の名前―――「Nancy・早川・Willis」の文字があった。

クラスを前に会釈をしたその女子は、笑窪を作りながら言った。

 

「はじめまして。今日からこの学校に転校してきました、ナンシー・早川・ウィリスです」

 

そう。彼女の声は澄んだソプラノで、髪は少し茶色がかったミディアムで、小柄な体、少し高い鼻、小さい口、そして少し離れたこの距離からでもわかる薄いマリンブルーの瞳。

 

クラスの女子、いや、日本人のものとは違うような彼女の独特の雰囲気のせいか、知らず知らずの内に俺は、彼女に見入ってしまっていた。

 

俺は、心の中の靄が一気に晴れていくのがわかった。

そして、また俺の中に違う靄がかかっていく。

 

―――この感じ、何なんだろう。

 

 

俺の視野は次第に狭く、そう、明らかにただ一点のみを映し出していて、この感情を抱いたまま彼女だけを映すものになったとしても、もう未練は無い。そう言い張れる自信が今の俺にはあった。