B.O.K 第6章

しばらく時が止まったように感じた。紅潮し始めた顔にひんやりとした風が当たる。その風は大樹の葉を揺らし、いかにも心地よさそうな音を作り上げていた。そこで、俺の時間は再始動した。

 

「あの…す、すいません」

気づくと目の前には数十メートル先にいたはずの彼女がいて、俺に話しかけていた。

「は、はいっ?」

「確か2年4組の人、ですよね?私、転校してきた早川なんですが…」

もちろん、忘れるはずはないが、気づいた振りをオーバーにした。

「あ、あー!うん、どうしたの?」

「ちょっと道に迷っちゃって。職員室までどうやって行けばいいのかな、と思って」

「えーっと、職員室は…」

 

―――職員室は、B棟にあるよ。

そう言ってしまえば済む話だった。だがこのとき、急に一時停止した脳がとてつも無い事を、俺に言わせた。

 

「職員室まで遠いから俺が連れて行こうか?」

 

言った瞬間、顔が今までにないほど紅潮していただろうと思う。ほとんど初対面の奴にそんな事を言われたら、ほとんどの奴は引くはずなのに。

無論、彼女は困った顔を浮かべていた。しかし、右手の拳を口元にあて、目線を下に逸らすそのポーズが妙な期待を俺の中に生んだ。

 

「でも、時間とか大丈夫ですか?」

「ああ、全然大丈夫!気にしないでいいよ」

再び彼女は思考のポーズに入ってしまった。数秒たった後、彼女の口が開いた。

 

「じゃあお願いします」

俺の脳内にあった笑顔とは全く違う、自然な笑顔を向け軽く会釈をした。

返事の代わりに出た俺の笑顔はきっと、中川の格好の餌食に違いないだろう。